岩滝の産業 60
ー 林 業 ー
林政の沿革(2)


宮津藩は京都府下の各藩中最も林政に注意したといわれ、現在大江山の続きで宮津市、上宮津から栗田に至る「杉山」のうっそうたる森林はそのおかげであるといわれている。
その「杉山」も太平洋戦争中の濫伐で、大手川氾らんの原因の一つにあげられている。
明治2年、各藩の藩籍奉還の後、藩有林は悉く官林となり、同3年社寺有林もまた上地されて、上地官林となり、これら官有林の事務は初め京都府庁内の官林係が取り扱ったが、明治19年(1886)農商務省の管轄に移った。民有林は藩の取締りがとかれると濫伐時代になり、各所に禿山が続出した。
明治21年(1888)京都府令魚付林保護規制が発布され、同31年(1898)森林法が公布され同年京都府令で禁伐林が保安林に編入されて、森林保護の制度が漸次完備してきて、往年の如き濫伐を見なくなった。 (与謝郡誌)
 
次に維新前の岩滝町にあった御立山、御立藪(藩有林)を表示しておく。
第37表
旧町村 御立山 御立藪
岩滝 0段2畝20歩
男山 1段0畝15歩
      

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