岩滝の産業 81
ー 商 業 ー
商業統計からみた岩滝町商業者−3−


各表の数の上で見れば「岩滝村誌」や「立命館大学人文科学研究所紀要」の予想した通り、岩滝町の商業は発展していないといえる。
宮津線の列車ダイヤは大巾に改正され、往復回数は昔日の比でなくなっている。しかし町から岩滝口駅までの距離が遠いために汽車を利用して宮津まで買物に行くことの不便さ、バスの発達から丹後海陸交通の内海航路による宮津・岩滝間の運航回数の減少等、岩滝の商業に必ず不利な条件のみではないが、岩滝を通って宮津へ通うバスは峰山、加悦谷、橋北から往来するものが岩滝町内の各所で停留する。バスの発達で宮津までの距離感が縮少されたことが、宮津に顧客を吸収される理由になっていることも考えられる。しかしこのことが岩滝町の商業の発展を阻害する理由であると考えられない。
又最近はこの予想を裏切って発展の方向に向っているのではなかろうか。気魄に満ちた商取引は近隣町の商家に決しておとるものではない。
その昔、廻漕問屋として日本海を支配する発展をみせ、京都の糸問屋に対抗した強大な岩滝の問屋資本を築いた先人の偉業は今尚、岩滝商人の根性として受けつがれているのである。かつては奥丹地方の一中心地として商業の繁栄をほこった岩滝が時代の変遷で衰微したとはいえ、このような懦弱なものでないからである。
最近の取引高をみても店舗数に比し上昇の一途をたどっているのは、このことを何より雄弁に物語っているのではなかろうか。

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