岩滝の歴史 −158−

郡政・府政・国政への参加(10)

−郡設電話−


地方行政事務の円滑を期するために、通信機関の整備を期する必要を痛感した時の郡長根本吉太郎は、先づ郡役所と、各町村役場に電話架設の案を立て、大正六年十月八日、大阪府、滋賀県の実情を調査せしめ、私設電話と郡設電話についての利害得失を比較考究し、更に建設費に対する財源の調査を進め、ほぼ成案を得たので、郡設電話架設に意を決し、大正六年十一月二十一日、郡会議員、町村長の参集を求めて協議会を開催した。

郡設電話建設費を満場一致で決議し、委員十二名の顔ぶれもきまった。岩滝出身の委員は三谷宗兵衛であった。
委員長には宮津出身の黒田宇兵衛を推し、財源については各町村負担金(既設、未設にかかわらず)等の他に実業家団体にも依頼することとした。
一金壱百円 丸峯岩滝支店
の名も見える。
各町村寄附負担額のうち、岩滝村の負担は二百円と決った。

岩滝村、宮津町、加悦町など七ヶ町村には既に電話があったので、新に郡設電話を施設するのは栗田村外十七ヶ村の役場であった。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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