岩滝の歴史 −156−

郡政・府政・国政への参加(8)

−郡参事会と参事会員・補助員−


郡参事会は郡長及び郡会に於て選挙した名誉職参事会を以て組織し、其の任期は議員の任期と同じであった。
その定員は郡制第五十三条によって郡長と名誉職参事会員五名をもって定員とし、外にこれと同数の補充員を設けた。
郡参事会は郡長を議長とし、郡長若し故障あれば臨時議長を互選によって決定した。
参事会員並に補充員の最初の選挙は明治三十二年十一月十四日に行われた。その結果、岩滝村の小室市造は参事会員筒川村の品川万右衛門の補充員となった。
更に小室市造は明示三十三年四月四日から明治三十三年十月十二日迄参事会員に当選した。

明治三十五年一月八日、小室市造が再び補充員に当選したが、小室市造は任期中の明治三十五年二月十五日に死亡した。
参事会員、同補充員の第二期の選挙は明治三十七年二月三日に行なわれ、岩滝村の高岡喜代治が補充員に選ばれた。
明治三十八年七月一日参事会員の辞任があり、明治三十八年八月二十五日、高岡喜代治は参事会員となった。
第三期参事会員及び同補充員の選挙は明治四十年十月二十八日に行なわれ、岩滝村では糸井市郎右衛門が補充員に当選した。
この第三期中において参事会員であった宮津町の津原武が辞任したので、糸井市郎衛門が、明治四十四年二月十九日に津原武に代って参事会員となった。

明治四十四年十一月四日第四次参事会員、同補充員選挙の結果、岩滝村の山添喜代治が参事会員となった。次期改選迄の大正二年十一月五日山添喜代治は参事会員を辞任した。
大正四年一月二十五日第五期の参事会員及び同補充員の選挙が行なわれ、その結果岩滝村の小室房治が参事会員に選ばれた。小室房治は任期中の大正六年十二月二十一日辞任した。
大正八年十月三十日第六期の参事会員及び同補充員選挙の結果、参事会員に岩滝村の小室房治が当選した。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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