水頓和尚


昔、小字石田に廃寺があった。水頓という老僧が住んでいた。
ある夜「すいとん、すいとん。」といって呼び起こす者があるので、こんなに夜が更けてから誰が訪ねて来たのかと、不審に思いながら急いで戸を開けて見たが誰も居なかった。
次の晩も同じ頃になると「すいとん、すいとん。」といって戸をたたく者があるので戸を開けて見たが満月が空高く輝いているだけで人の姿は見えなかった。
しかし翌晩も同じ時刻になると「すいとん、すいとん。」と呼ぶ声がする。こんなことが四五夜も続いた。水頓和尚愈々不思議に思い、或は狐狸のいたずらかも知れない。今夜こそその正体見届け、生捕りにしてやろうと手ぐすねひいて待っていた。
例の時刻になるとまた「すいとん、すいとん。」と呼ぶ者があるので、水頓和尚足音をしのばせ、窓を細目に開けて覗いて見るとまた「すいとん、すいとん。」と呼ぶ者があるので、水頓和尚足音をしのばせ、窓を細目に開けて覗いて見ると、一匹の古狐が長い尾尻で戸をスイッと撫で、次に頭をトンと戸に打ちつける。その音が、「すいとん、すいとん。」であることが判った。
よしよし和尚にも工夫があるぞ、と自問自答。翌日はその戸に仕掛けをして待っていた。
そんなこととは知らず古狐は例の時刻にやってきて「すいとん、すいとん。」を繰り返していた。その時和尚がサッと戸を開けたので、古狐ははずみをくらって家の中へ転げ込んでしまった。水頓和尚手早く戸を閉め、ひっ捕らえんものと本堂まで追いつめたが見失ってしまった。
あたりを見廻すと一体である筈の薬師様が今日は二体いらっしゃる。そこで和尚は「薬師様にお願いします。今、狐がここに遁げこみましたが見れば薬師様は二体いらっしゃる。どちらが本物だか教えて下さいませ。」というと、一方の薬師が指さして、「あちら、あちら。」と示すので電光石火、その手をつかんで押さえてしまった。するとその薬師は本態を現わして、「もうコンコン」と啼くので和尚は苦笑して許してやった。

 

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