岩滝の神社寺院 2
神社(2)
板列八幡神社(2)


古くから一の宮、国分寺、八幡宮を一国三分と称し、当社は丹後の於けるそのゆかりの宮である。
石清水文書に「板列の庄云々」という文字のあるのを見れば、当時この附近一帯は石清水八幡宮の所領の荘園であったかと思われ、その関係上八幡宮が建立されたとも推察される。また、一説(天橋記)には「真言宗の小野僧正仁海は与謝郡板列の出身とあり、その由縁でこの地に八幡宮を観請した」とも伝えられる。
以上のような理由から延喜式内板列神社はこの八幡宮であるといわれている。
また、板列神社は元男山の西方「ガンマク」の森にあったのを社殿荒廃等の理由で八幡宮に合併され、それから板列八幡神社とよばれるようになったのであるともいわれている。
成相寺の古文書に依れば「八幡宮縁起一巻、八幡宮の宝前にあり」と記されているが、遺憾ながら今日はそれがなく、創建及び沿革等を知ることはできないが、丹後国与謝郡田数帳を見れば八幡領なるもの四十町歩に及び、又、近世に至っては城主、藩主などの崇敬厚く、特に宮津藩主本庄氏は屡々参詣し、寄進等を行ったということである。


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