岩滝の神社寺院 4
神社(4)
板列八幡神社(4)


 「与謝郡誌」には
 岩滝町字男山小字板列、指定村社祭神誉田別命、配祀息長足姫命、稲逎売命、奈良朝諸国に国分寺を置き平安朝又国府に八幡を祀る。異代国司領主の崇敬あり、殊に名僧小野仁海僧正此地に出で永承4年(1049、後冷泉天皇)諸国に仏舎利を納むるに際し当社へも之を納め、阿弥陀如来を祀るという。当社のこと石清水文書に板浪別宮とあり総論に詳かなり。或日延喜式板列神社もと当字西端なる加舞満久に鎮座ありしも社殿荒廃せるより当社に併合し爾来板列八幡と称ふるなりと。「丹哥府志」及び「神社志料」には式内板列神社今八幡と称すとあり。
 宮津藩寺社名前取調帳男山八幡社毛呂石見、代々宮津藩主の尊崇篤く数々の武具を寄進し、献的を行う。天保5年(1834、仁孝天皇、将軍徳川家斉)社殿再建、明治6年(1873)2月村社に列せられ、43年10月14日神饌幣帛料供進神社に指定せらる。氏子140戸、祭典8月15日であったが、現在5月1日に改めた。社宝経筒及び古鏡あり、境内末社稲荷、瑞若宮、高良、三田の小祠あり。
 小字板列に高岡社、愛宕社、ヅメに加舞満久社、岡に岡社、猿目盲に愛宕社、皆無格社なり。(与謝郡誌)
○永承4年−11月仏舎利を諸国の神社に奉納す。(「模範最新世界年表」三省堂発行)と記載されている。


前へ 目次 次へ