岩滝の神社寺院 42
寺院(12)
称名寺(1)


報恩山 称名寺
真宗 西本願寺末
境内 514坪(1,695平方メートル87センチ)
本堂 平屋36坪1(119平方メートル)
庫裡 平屋76坪(251平方メートル24センチ)
其他 64坪(211平方メートル57センチ)
 草創以来、火災に罹ること再三、記録等鳥有に帰し、何等徴すべきものは残っていない。
 伝説によれば開山日野氏は北朝時代楠氏一族の落人であって、開基善入は字日の内の谷間に草庵を結び得度して善入と号した。
 そのうちに次第に信者ができ、山号寺号を有する寺院の形式をととのえたが、約200年後、一色、細川の攻防戦が前後10年にも及んだので、此間他の人家と共に戦火に焼かれ、海岸に近い田圃中に移転しなければならなかった。現在の橋立中学校が其の跡である。
 
 ところが京極丹後守高知が此処に別荘を築くために移転を命じ移ったのが現在の竹花町新道角、宮崎国治家がその跡である。
 更に100余年、安永5年(1776)7月9日夜、岩滝未曽有の大火があり、岩滝の半数以上を焼き「現在の町役場のところから男山が丸見えだった。」と伝えられている。称名寺はこの火事の時も罹災したので現在の地にまた移転した。
 

  称名寺


前へ 目次 次へ