岩滝の神社寺院 44
寺院(14)
称名寺(3)


文化財
当寺什物
 前机 享保9甲辰(1724)本誓山西光寺 奥誉義天寄附
 仏前火車香炉 花瓶蝋燭立 明和5戍子(1768)3月 当住母寄附
 前机三具足 安永3甲午(1774)2月 寿量院妙凉 当住寄附
 金花足二具 明和5戍子(1768)3月3日 鷲峰院妙夢 当住妻寄附
 両輪燈 延享 当住寄附
 打敷六ツ 田辺壺屋上野おえん 峰山はりまや内おはる 千賀惣右衛門内 宮津油屋喜右衛門 河辺正覚寺内 当住妻
 宮殿寄附 天明8年甲(1788)9月 当山十五世空山代 真照寺恵深弟
 御前机 寛政6寅(1794)9月 丹波志賀町遠藤三郎兵衛 柳田藤兵衛
 磬一口 当邑 縮緬屋中
 御文章五帖一部 岩滝、弓木、府中、須津、山田、石川、男山、番人中
 本尊 木彫阿弥陀仏如来立像 法量45糎 台座二重敷
 茄華盤付框座八角型 光背放射円光(後補)総高75糎斗り江戸中期の造顕と思われる。
 
 寺什物帳 「御真回木仏並寺号 元禄15壬午 願主 七郎右衛門、法名了空と云世話人周枳屋市兵衛」と見ゆるもの即本尊、当寺入仏裏書したものであろう。其他什物同載する処
 寄附欄間 正順代 文化4己(1807)6月 大工 蒲田久兵衛
 寄附半鐘 文政7申年(1824)12月25日京都より下る 蒲田久兵衛
 御戸帳一掛ケ 天保2年卯(1831)3月中旬 施主 山家屋弥蔵
 寄附曲録 6月25日 山家屋弥蔵
 梵鐘寄附 大遷 上半鐘ハ元蒲田久兵衛ヨリ寄附物ノ処領主へ取上ゲラレ其時住職買求メ候
 十八代正行住職 明治14年10月8日ニ試験スミニ相成候エ共免状ハ明治17年10月ニ下リ候也
 朱和讃卓壱対 当住正行姉但馬岩井 今井喜衛門内音枝
 本堂入母屋造向拝庇付瓦葺 間口5間(9米強)奥行5間(9米強)宝暦10年(1760)4月元屋敷日ノ内にて類焼に罹り、明和元年(1764)2月、今の地、大風呂通通称竹ケ鼻上りに移転再建、之等の詳細は「地蔵過去帳」に丹念に記載されている。


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