岩滝の歴史 −208−

岩滝町の天災地変(19)

−火災(2)−


(岩滝)

安永5年大火事 安永5年(1776)7月9日 この日は、成相寺の縁日で、旧暦では月夜で納涼かたがた終夜賽客がつづき、遠くは、伊根、加悦、宮津、舞鶴、若狭方面からも参詣するもの少なからずお堂を中心に夜を徹して踊ったといわれる。岩滝の如きは殆んど戸毎に、而も家族連れで参詣した。



その留守中、藪後町より出荷し、折悪しく南風の強風にあおられ、一瞬にして村の六分を焼失し、一面焼野が原となり、現在の役場の位置から男山の方を眺めることを妨げる何物のなく一望されたといわれている。    
この火事で、西光寺、称名寺、滝泉寺、相伝院も焼失、大火を物語るものである。


浜町火事

明治7年(1874)、当時の船大工千賀定助の北隣に船頭組合(宮津岩滝間の不定期船)の小屋があり、船具の置場にされていたのが、いつの間にか乞食の宿泊所となり、ここから失火して四方に延焼し、浜町二十七戸が全焼した。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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