岩滝の歴史 −210−

岩滝町の天災地変(21)

−火災(4)−


(男山)

男山近代の大火として慶応元年と明治2年の火事が大きく語り伝えられている。この二つの大火で男山区が殆んど焼失し去ったというのであるが、尚、その間に下地火事、山の谷火事があり、5カ年間に前後四回の大火は未曾有のことであったといわれている。

慶応元年火事
慶応元年(1865)8月10日、上はズメ口から下は宮の下まで、約四十戸を焼失、神官毛呂清氏宅も全焼した。
社務所兼住宅の復旧には山家屋徳蔵が主となり、工事は山家屋の番頭であった、苗田半蔵が担当して完成した。又、宮の登り口高岡家門口の柿の老木が半面焼けていたのが明治の初めまで残り、大火の面影を止めていた。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


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