岩滝の歴史 −198−

岩滝町の天災地変(9)

−地震(1)−


史上記録されている我が国の主な地震は、大和朝時代に十八回、平安朝初期に二十四回、同中期に二十二回、同末期に二十回、鎌倉時代に四十九回、南北朝時代に三十五回、室町時代に五十二回、戦国時代に八十一回、江戸時代初期に六十二回、同中期に七十一回、同末期に四十回、明治以後昭和二年の丹後大地震までに三十三回、合計五百七回。このうち府下に発生したもの実に二百六十四回、特に我が岩滝町に関係の深いものは次の如くである。

天武天皇 白鳳四年(675)十一月 丹波大地震
文武天皇 大宝元年(701)三月二十六日 丹波大地震
朱雀天皇 承平七年(937)四月十五日 丹後大地震
後一条天皇 治安二年(1022)三月四日 丹後地震
後土御門天皇 明応五年(1496)五月十一日 丹後大震災
後土御門天皇 明応五年(1496)八月二十五日 丹後大震災
後西院天皇 万治三年(1660)正月四日 丹後大震災
後西院天皇 寛文二年(1662)五月一日 丹後大震災
後桃園天皇 安永三年(1774)十二月十一日 丹後地震
孝明天皇 弘化四年(1847)正月十三日 丹後地震
昭和天皇 昭和二年(1927)三月七日 丹後大地震

これらの大地震についてはなんらの文献も見当たらないので規模、被害等知る由もないが、大宝元年の大地震は三日間も止まず、加佐郡の大半が滄海となり、現在の冠島、沓島はその時に陥没した陸地に取り残された、高山の二峰であると伝えられ、寛文二年の大地震は、京都で倒潰家屋一千棟、死者二百人、近郊では潰れたり、焼けたりした家三千棟、死者が六百人であったといわれている。このことから当町でも相当の被害があったものと推察される。

参考文献 岩滝町誌 昭和45年1月


戻る